ホームページをやめました

前世紀、たしかウィンドウズ95が出たころに私はマッキントッシュを買って(親に買ってもらい)、ほどなくインターネットが普及して、HTMLをキーボードで打ち込んでホームページを作り始め、二十年近くやってきました。

その当初からやっていた私の狂言ホームページを、いま削除してしまいました。

もともとは、入門よりももうちょっと狂言に興味を持った人向けのサイトとして作って、私の情報はそのついででした。だけどネットでも本でも、二十年のうちにもっといい情報がたくさん増えて、私のことぐらいしか載せる意味がなくなった。でも私の情報はブログかtwitterかfacebookが便利だし、それでも多すぎるぐらい。ほったらかしのホームページなんて廃品回収に出すのが面倒で物置に入れっぱなしの粗大ごみみたいなもの。
そんな理由です。
ブログも引越すかもしれません。まだ検討中ですが、新しいところに移っていくのもよいかと。

いたずらもの

今日は国立能楽堂定例公演で、又三郎氏が『融』のアイに出る、その働きに行ってきました。それと、狂言共同社の『若和布』がありました。
若和布、珍しい曲ですけど、うちのほうでも数年前に何度か上演して、お客様のウケもわりとよかったようです。

お寺の和尚さんが、新米僧に「都でワカメを買ってきなさい」と頼んだら、スッパに騙されて若い女を買って帰ってきた、さらに新米僧は女にプロポーズされ、寺で祝言の盃を交わしていると、和尚さんが女を奥の部屋へ連れ去ろうとする。という、なかなかいやらしい話です。古い狂言なので、昔の笑いはこんなのが多かったのかなとおもいます。
公演プログラムの解説で、「状況に流されるばかりの運命のようでいて、現実的でたくましい女なのかもしれません。」と、女の性格に目を付けています。
私も今日のを見ていて、うちのほうでも共同社でも、この女のことをスッパが「いたずらもの」というのに気付きました。私、知らなかったんですけど、「いたずらもの」を辞書で調べると、「いたずらをする者」の次に、「みだらな者。とくに身持ちの良くない女性。」とあるのですね。古語というわけでもないようです。意味がわかっていれば、クセのある女を買ってきちゃった、どうなるのどうなるの、と早くから期待を持たせてくれるわけなのですが、いまはどれくらい通じているんでしょうか。
また、昔の狂言だったら、女の演技もいまよりも踏み込んだものがあったかもしれません。ちょっとしたセリフでも、きちんと調べると演技の大事なヒントになるものですね。

井筒と楊貴妃のアイ

今日は大学の同期である、観世流の坂真太郎くんのご社中発表会において、能の「井筒」と「楊貴妃」の間狂言をさせていただきました。井筒のほうは私も初めてで、たいへん勉強になりました。

さてこの二曲、どちらも優美な女性がシテの、鬘物とか三番目物とかいう演目で、三番目物の間狂言は他に比べて、格が、難易度が高いとされています。
ですが、今日の二曲の間狂言はそれぞれまるで違う。井筒は典型的な居語りで、楊貴妃は最初にちょこっと道を教えるだけのアレッというほどの役です。やりがいでいえば、井筒のほうが断然!あります。

ところが楊貴妃のアイは案外くせ者です。死後の楊貴妃の魂魄が住む蓬莱の島にいる住人・「常世(とこよ)の人」です。なんなんでしょうこの人。やはり死者なのか、異界の人というべきか。
狂言方が演じる異界の人というと、ほとんどは鬼か、末社の神かというところで、面をつけます。楊貴妃のようなわけのわからない役は、ほとんど無いのではないでしょうか。

今日の楊貴妃のワキをなさった安田登さんは、このワキが常世の国に来る道行きの謡について、「夢の中のように」と教わったのだそうです。
ではアイは、「夢の中に出てきた普通の人のように」ということになりそうですが…
しばらく悩んでみます。

唐人子宝のテレビ放映

 昨日、NHKのEテレ、にっぽんの芸能で、私たちの狂言『唐人子宝』が放送されました。
途中で緊急地震速報が入ったので、録画はまた再放送のほうでやりなおしたいと思います。

 さて、唐人子宝は、昨年の「やるまい会」名古屋と東京に於いて上演しましたが、じつはたいへん珍しいものです。実際の正確なところはわかりませんが、この話ができてからいままで、上演回数はそんなに多くはないのではないかと思います。少なければ十回そこそこ。多くても三十回には届かないのではと思うのですが。

 番組でも稀曲であるという取り上げ方をしていました。能楽堂で稀曲をする場合は、しぜんそういう興味でみてくれる人が多いのですが、テレビでは、代表曲も稀曲もよくわからない人も大勢見ることになります。当然のことながら、稀曲をするにも、結局それ自体を魅力的にしなければいけないのだと改めて感じました。
 だけどたぶん、唐人子宝は、はじめから稀曲として作られた稀曲なのでしょう。どういうところが魅力的になりうるのか、終わってしまったのでのんびり考えてみます。稀曲っぽさを磨くのもテか。

いるまやう

野々口立圃『空つぶて』(早大古典籍総合データベース)を読んでいて、「入間様」(いるまよう)が狂言『入間川』以外で使われているのを初めて見つけました。

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「入間様」は、物事を反対の意味に言う「逆さ言葉」のことだそうで(「川が深い」を「浅い」など)、埼玉の入間地方で使われていたということになっています。
入間様の由来はいろいろ言われていて「入間川が逆流した」「入間川全体が弧を描いている」「高麗の渡来人が住んでいたので文法が違っていた」「うるま(言葉が通じない)」だのと定説がないようです。

入間郡に生まれ育った私も、定説がないところで勝手に言わせてもらいます。
・逆流したなんてアマゾンじゃないんだから。あるとすれば逆流する川として有名になるはずで、逆さ言葉で有名になるって不自然じゃない?
・弧を描く川なんて他にもあるでしょ。弧を描く川でなくても、都から丹後のほうにでもいって川が北に流れるのをみて逆さだと思わないの?
・入間郡の一部に高句麗からの渡来人が集められたのはそうだけれど、同時に高麗郡になったんだから「高麗様」でしょ。しかもそんなの奈良時代の話。中世にはよそと変わらないんだから。それに朝鮮人より唐人のほうが語順ちがうでしょ。

ということで消去法だと「うるま」説になってしまうのですが、その言葉は私知らないので、それもとりません。わからない、にしておきます。
ただし、「いるま」という言葉が「入間」に結びつけられた可能性はあると思います。狂言でいえば『名取川』の発想に似ていますから。

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