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たびをそめる 2

染めるにあたっては、又三郎師から「たまねぎの皮で染めるんだよ」と言われていました。え?たまねぎって、昔からはないんじゃないの?という疑問がありましたが(明治だそうです)、師匠がどこで見聞きした話なのかは既に不明です。

おくつくんが、その話をもとに染めたことがありました。結果は、赤茶色。別のお弟子さんが染めたのも同様でした。「卵色」とはいわゆる赤卵の殻のことか、という色。革足袋に近い色でもあります。そうして納得しつつも、いまの舞台ではちょっと使えないかなという色で、おくつくんもそれきり染めてないようです。

さて今日私が染めたのは、じつはやはりたまねぎの皮です。たまねぎ染めは家庭でやるにはポピュラーなものだそうで、うちにある染色の本にも載っていました。ところがそこには赤茶色でなく「きれいなクリーム色」とあったのです。

染色には媒染剤というのを使います。本には焼ミョウバンを使うとあります。同じたまねぎでも、鉄媒染はグレーになるようです。ハハァ、これは媒染剤で茶色が黄色になるんだろうと予想しました。

実際染めてみると…あれ? 最初から黄色く染まります。

なんで??>おくつくん

ミョウバン水に浸すには浸しましたが、べつにそれで色が変わるということもありません。

よく水洗いして、干しまして、

ハイッ、というわけで、染まりました。上から順に、

「舞台で履きにくいぐらい色落ちした足袋」

「まだ舞台で履ける程度の足袋」

「今日染めた足袋」

真ん中も充分薄く見えますが、それは写真のせいです。すみません。要するに上のが「使用前」、下が「使用後」です。

濃いけど、まぁまぁいいんじゃないの?という色になりました。

めでたしめでたし。

たびをそめる 1

狂言足袋は「黄足袋」です。黄足袋といってもいろいろで、昔の本に、大蔵流は千本(細い縞の名前)、鷺流は万本、和泉流は無地と書いてあるのを読んだことがあります。(千本万本は逆だったかもしれない) 和泉流でもうちや、狂言共同社は無地ですが、三宅派は、はじめは大蔵流だった説もあるぐらいでシマシマです。

狂言足袋はみんな、最近店じまいされた神田の伊勢屋さんで作っていました。これまた昔の「謡曲界」という雑誌に、伊勢屋さんの主人が各流派の狂言足袋の模様や色を語った記事がありました。無地でも各派で好みがあったそうです。

うちの足袋は「卵色の無地」ということになっています。でもこれは卵の黄身なのか、殻なのか。伝統色名の本を見ても、両様あるのです。黄身なら鮮やかな色だし、殻なら本来の革足袋の色に近いということになります。

近年の伊勢屋さんでは、注文数の制限もあるので、昔のような対応はできず、そのへんがわからなくなってしまいました。それに染料の関係で色が安定せず、茶色みがあるときもあればレモンイエローみたいな時もありました。定着もあまりよくなくて、洗うたびにだんだん色が薄くなってしまいました。

うすーい黄色になると狂言足袋に見えないし、「新しいの買えないのかこいつは」という感じになってしまう。まだほつれてないのに舞台で履けない足袋がうちにも何足かありました。

縞足袋のお家では仕方がないのですが、我ら無地派のところでは「自分で染める」という選択肢があります。

やってみましょう!!

短冊つくりました

昨日の話の坂くんは観世流の九皐会に所属しています。神楽坂の矢来能楽堂を本拠にしている会です。

又三郎家は昔矢来のご近所だったこともあって、当時はかなり矢来の観世家と親しかったようです。先々代だかの矢来のご当主が亡くなられたときの、雑誌の追悼座談会の企画に、先代又三郎が入っていたのを読んだことがあります。

もちろん現在でもお付き合いは続いておりますが、私の家業が表具屋なもので、坂くんを通じて九皐会からそっちのお仕事をいただいたりもしています。

先日ご当主の観世喜之先生からじきじきに、関寺小町の作り物で使う短冊の製作のご依頼を頂きました。尤も、あちらから送っていただいた薄い短冊を貼りあわせて厚くする、というだけでしたが、簡単なようでちょっと工夫がいりました。

さて昨日楽屋で先生にお会いできたので、ついででは申し訳ないと思いつつ納品しました。そのときのお話で、観世流では関寺小町をときどき演じられているけれど、観世姓では200年ぶりのことと伺いました。200年といったら、長い能の歴史の3分の1近いんですよ。それほど機が熟すのを待たなければいけない曲で、ともすればその前に演じられなくなってしまう。今回も相当の思いで舞台に臨むはず……

そんなすごい舞台の短冊を作ってしまったことに、あとからびびってしまった私でした。

というわけで、チケットまだあるのかどうかわかりませんが宣伝します。

観世九皐会百周年記念特別記念公演 先代二世観世喜之三十三回忌追善

4月25日(日) 12時半開演 国立能楽堂

仕舞「敦盛(キリ)」観世淳夫
仕舞「松風」永島忠侈
仕舞「隅田川」梅若靖記
仕舞「山姥(キリ)」梅若紀長

能「三山」

観世喜正、長沼範夫
森常好、舘田善博,森常太郎、山本則重
一噌隆之、大倉源次郎、柿原祟志

狂言「泣尼」

山本東次郎、山本則孝、山本泰太郎

仕舞「白楽天」山階彌右衛門
仕舞「藤戸」梅若万三郎
仕舞「西行桜)」梅若玄祥
仕舞「船弁慶(キリ)」観世芳伸

一調「誓願寺」観世清和、観世元伯

能「関寺小町」

観世喜之、梅若志長
宝生閑、工藤和哉,御厨誠吾,大日方寛
一噌庸二、幸清次郎、安福建雄

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/3336.html

九皐会サイト かんぜこむ

真能社四十周年記念大会5/1

観世流シテ方の坂真太郎くんは、大学のときからの友達です。彼の主宰する会が真能社。お父君から引き継いで、今年で四十周年とのこと。創立時からの会員十六人(!)をはじめとする数多のお弟子さんたちの「大発表会」があります。トメの能「船弁慶」のアイを私がつとめます。こういうのって嬉しいですね。きょう申し合わせがありました。

能3番、舞囃子3、素謡2、仕舞24、連吟15、独吟3、番外仕舞2という番組。こういう発表会は入場無料ですが、能などはシテ以外は玄人で固めてますので、「見たことないけど見てみたい」というかたにはオトクな機会かもしれません。出入り自由ですし。

【観世流 真能社 四十周年 記念大会】

5月1日 土曜日  渋谷区千駄ヶ谷 国立能楽堂

午前10時開演 終演予定午後6時ごろ

能 「班女」「胡蝶」「船弁慶」

番外仕舞 「難波」坂真太郎 「白楽天」観世喜之

ほかいろいろ

ねむ

今朝はこの会に遅刻しそうになる夢を見て苦しみました。

「いまから出ても楽屋入りが30分前になっちゃう!」とか
「吹取が初番(番組の最初)なのに45分後に始まっちゃう」とか(間に合うわけない)
なぜか長野にいて、東京の自宅へ着物類をとりに戻ってから出ないといけないとか(絶望的)

夢だから状況がコロコロ変わるんですが、とにかくドタバタして…。疲れました。

おおさかへ

大学の後輩に立花香寿子さんという観世流シテ方がいます。今日は彼女の「道成寺」の披きの会です。
たぶん一般のかたが思っているよりは、女性能楽師人口は多いんじゃないかとおもいますが、それでも男性と同じように活動するのは難しい。たいへん努力をしているようです。

そんなですから、周囲からもかわいがってもらっていると、以前本人から聞いたことがありまして、今日の披露の会も、諸先生方の仕舞がドッサリあって、なかなか盛大です。

狂言は、小三郎氏と奥津氏と私で吹取をします。
あーもう、笛は好きだけれど、いつも変な緊張…

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