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吹取

今日は名古屋某所で狂言鑑賞会があり、私は「吹取」シテを勤めてきました。

清水の観音に妻を授かるよう祈った男に、夢のお告げがありました。今夜、五条の橋で笛を吹けば妻が現れる、というもの。男は笛を吹けないので、笛が得意な知人を連れて行き吹いてもらうと、本当に女が現れます。笛を吹いている知人のほうへと寄っていってしまう女をどうにか引き止め、さて対面すると…
あとはご想像通り、という結末。

吹取は狂言方(アド)が舞台上で笛を吹く、珍しいというか唯一の曲です。しかも吹きながら歩いたりします。
私は大学で能の四拍子(囃子四種)を習ったこともあり、またもともと笛が好きだったので、これまではアドばかりをやっていて、今回初めてシテをしました。

吹取のシテがすることの半分ぐらいは、他の狂言にもある類型的なものです。お詣りをしてお告げを聞くところ、女の被いている衣を取ってびっくり、言い寄られて逃げていくところがそうです。慣れない笛を吹くアドよりも習得は楽、といってもいいぐらいです。
ですがそんなところこそ、気持ちが抜けないように心がけなくてはいけないと、今回とくに認識しました。稽古中に何度も「あっ、今いい加減に言ってしまった」と気付いた瞬間がありましたので、今日は気をつけてやってきました。

ところで今日の類型のひとつ、女の顔を見てびっくりしてコケるという役をしたのも、私にとっては初めてでした。
当代又三郎さんは、こういうとき大きな音を立ててハデにずっこけて、見所の笑いを取るのが上手です。ずっこけるのは型でないようでいて、なかなか綿密に型として考えられていて、今回も細かい指導がありました。
当代の演技は見所から明るく笑われる対象なのに対して、先代は身が軽く、力が抜けて腰を抜かす感じで、一抹の「気の毒な男」という雰囲気があるところが独特でした。そうするとまた、女の不気味さが引き立ってくるようにも思いました。

これはもう演技というよりは個性になるのかもしれませんが、類型といっても様々な見せ方があり、かたちをなぞっているだけでは何も出てこないということなのですね。

息継ぎ

夏なのでこのごろプールにいって泳いでいます。子供の頃にスイミングスクールへ通った時期もありましたが、中学以後はほとんど泳ぎませんでした。一昨年一回プールへ行き、去年二回、今年は今日で三回目。できれば秋からも屋内プールで続けたいと思っています。

今日は久しぶりに、それこそ四半世紀ぶりぐらいでしょうか、クロールをしました。まわりにはクロールをしているおじさんたちは多いのですが、私はずいぶんやってなかったのでバタバタしちゃうんじゃないかと思って、一昨年も去年もやらなかったのです。

やってみると、案外腕はすんなり回りました。でも息継ぎがいけません。水の中でボコボコ吐いて、顔を上げたのに息があまり吸えないのです。だから25mが窒息しそうでたいへん。原因としては、先ず吐き方が足りないということがあるのですが、それよりも、慌てて吸おうとするので深く吸えてないということがありそうに思いました。
ゆっくり落ち着いて泳ぎながら、タイミングを合わせて慌てず…と、今日のうちに微妙に改善されましたが、まだまだ。

この、息をよく吐いてから、短い時間にスッと深く吸うワザ、舞台にもよさそうに思います。釣狐のときは息をつめすぎて、吐ききらないのに吸おうとばかりして非常に苦しみました。他にもたまにそういう経験があるので、水泳の呼吸が活かせるのではないかと思います。

敷居が高い

「敷居が高い」という言葉がありますね。先日妻が教えてくれたことなのですが、本来の使われ方と違う「誤用」が多いのだそうです。そして私も誤用をしていました。

リンクつけておきましょうかね。
goo辞書「敷居が高い」の意味

実際、「能楽(能楽堂)は敷居が高いと思われていますが…」という能楽師も大勢います。「そういうイミじゃないのにな…」と思いながら聞いていた能楽師もいたかもしれませんが、じゃぁ教えてよ!

誤用している人のほうが多いのだそうです。ここまで多いといまさら「間違っている」といって直せるものではなく、「~という場合にもつかう」と言ってしまってよいのでは。「消耗」を「ショウコウ」と読む人いないでしょう。「きのおけないひと」とか「ながれにさおさす」みたいに、反対の意味の誤用があるわけではないし。
なぁんて、誤用をしていた私は思ってしまうのですがね。

だけど、この話を聞いたときに「あっ、あれだ!」と気付いたことがありました。
狂言『貰聟』です。

酒好きの夫が毎度の事ながら酔っ払って家に帰り、出てきた妻にわけのわからぬ文句を言って腹を立て、妻に暇をやります(離縁します)。翌日酔いがさめて後悔し、妻の実家に迎えにいきます。
妻の実家に着いて、男は

 「いつも奥へ通るを何とも思わねども、今日は門(かど)の敷居さえ、越え兼ぬる事じゃ」

といって、敷居を大きくまたぐ型をするのです。普段はどこへいっても摺り足なのに。
これがまさに「相手に不義理などをしてしまい、行きにくい」という本来の用法そのまんまだったのですね。

ちゃんと狂言は教えてくれていたのに。「しまった!」と思いました。


そうそう…
11月4日 【狂言やるまい会 東京公演】 目黒・喜多六平太記念能楽堂
『貰聟』 シテ 野口隆行 ですよ!!

ぜひぜひおいでください。チケットはわたくしまで。先行予約受付中です。(料金未定ですが)

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