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幼稚園で狂言

たまにしか書かないので連投で失礼します。

 先月、ある狂言師さんの代講として、千葉県の某幼稚園で一人で狂言をしてきました。
幼稚園で狂言をするのは二度目ですが、前回は二人で。一人で行くのは初めて。喜んでもらえるかどうか、けっこう心配をしました。
 結果的には、それなりに反応良く、最後は子どもにのしかかられるほどに遊べましたので、やった内容を紹介いたします。
 ・「柿山伏」独り版 柿主がきたことに山伏が気づいて隠れる。最後は木から飛んで落ち、転がり逃げる。
 ・柿山伏に出てきた動物の鳴きまねをみんなでやってみる。
 ・そのまま他の動物のまねもする。
 ・「蝸牛」の囃子ものをいっしょにやる。
こんなとこです。
 とんとん拍子ですすんでしまったので、ちょっとやりすぎかなと思いましたが、もう一つ追加で、小舞「あの山」(うさぎ)を、「動物のなぞなぞだよ~」といってやりました。
このなぞなぞも、以前の幼稚園でやりまして、その時は思いもよらず、解説なしの舞だけで「うさぎー!うさぎー!」と正解の声があちこちから上がってびっくりしました。子どもの感覚ってすごいと。
 さて今回はどうだったかというと…、なかなか正解が出ないっ。
 私「あっちのやまから、こっちのやまに、なにかとんできたんだよね」
 子「とりー」
 私「うーん、鳥じゃないんだなー。あたまにね、なにか二つあるんだよ、細くてながいの」
 子「ちょうちょー!」「トナカイー!」
 私「ト、トナカイ!?」
やっぱり子どもの感覚ってすごいと思いました。

曲に悩む

まだ公式発表をしていないので、変更があるかもしれませんが、今年の「やるまい会 東京公演」は十月十二日の予定です。体育の日の連休最終日。よろしくお願いいたします。

さて日にちは決まったものの、演目が決まっておりません。
この何年かは、又三郎さんから「何をやりたい?」と聞かれ、私の希望と他との兼ね合いで相談しながら決めています。

希望曲のところで当然悩みます。とりあえず、私は「責メ」という鬼の所作の経験がないので、これをやってみたいという希望を出しています。たとえば「瓜盗人」「八尾」などです。

ほかにも、舞の物、たとえば「名取川」などもやってみたいのですが、地謡がいります。地謡なしで自分で謡いながら舞うこともできますが、ちょっと苦しい。ひょうひょうとこなせる技術はないような気がします。あるいはそれを身につけるためにやってみるか…などとも思うのですが。
また相談してみます。

テレビ放映

明日、二月二十七日金曜日、夜十時から、NHK教育の「にっぽんの芸能」という番組で、『名古屋・狂言界で活躍するティーンズ』と銘打って、狂言の放映があります。

今月の七日に名古屋能楽堂で収録したもので、又三郎さんちの信朗(のぶたか)くん、奥津くんちの健一郎くん、狂言共同社井上松次郎さんちの蒼大(そうだい)くんの、少年三人にスポットライト。一時間番組なので、少年たちへのインタビューも織り交ぜて、じっくり見られる番組です。ぜひご覧ください。
信朗&健一郎による『盆山』
蒼大&松次郎とそのなかまたちによる『金津地蔵』
の二番。私も金津のほうに出演しております。

狂言足袋

いま、とある足袋屋さんで、狂言足袋の見積もりをしていただいています。

狂言足袋は特注で、表生地と底の生地を染め屋で染めてもらって、私の足に合わせてつくっていただきます。いくらになるかわかりませんが、いまは廃業してしまった能楽足袋専門店で五千円台でしたから、当然もっと上になるはずです。靴が買えますよね。

今日もその足袋屋さんへ、色見本を持って行って、少しお話をしてきました。聞くと素人が思っているよりも複雑なようです。
表生地と底生地を一反などの単位で染めて、底生地はまた底の裏地と貼り合わせるために、その業者さんへ出すのだそうです。その業者は関東ではもう無くて、関西のほうに出すのだと言っていました。なんという仕事なのかわかりませんが、いろんな業者があるものですね。
いろんな工房を行き来してやっと仕上がる足袋の手間をかんがえれば、ちょっとやそっとならば高いなんてことはないのですが、でも消耗品なので、さていくらになるか…心配です。とても。

乱能

ご無沙汰しております。
今月十七日、間もなくですけども、鎌倉能舞台四十五周年記念の「乱能」があります。能楽師が専門の役をごちゃ混ぜに入れ替えて能をするという、お祭りみたいな催しで、普段能狂言を見慣れているかたには、けっこうおもしろいものです。もうとっくにチケットは完売とのことです。

私も今回、半能「吉野天人」のワキツレと、能「安宅」の地謡の役をいただき、今日はその申し合わせがありました。
吉野天人のワキツレって、言ってしまえば大したことはしないのです。ワキについて出て行って、短い謡を二カ所うたって、あとは座っているだけ。「安宅」の地謡はもっといろいろありますが、滝流という小書きがあって、途中が抜けるので、長くはない。ですが、いざやってみるとぜんぜんイメージ通りにできない。むずかしいのです。
この難しさは何だろうとかんがえるに、チームワークに慣れていないということなんでしょう。狂言はほとんど一人ずつの役が対話をするものですし、アドが数人並んでうたったりするにしても、「アシライ」といわれるシンプルなお囃子が、謡に合わせて「あしらって」くれているのです。その感覚で能に出てしまうと、ワキ四人とか、地謡六人でうたっていても、一人で耳をふさいでうたっているようなものですし、ましてお囃子とのやり取りなど全くできずに、なんにも組みあがらないのです。
反対に、安宅の地謡の後のほうで、少しお囃子を聞く余裕ができて、合わせて歌ってみると、当たり前ですが、とってもよくハマるようにできている。立体的なものが組みあがる感覚がでてくるのですね。

乱能は、見方によっては素人芸を見せるわけで、流儀によってはそんなものには参加しないと言い合わせているところもあるのだそうですが、ただ他の役のことを稽古するだけで知れなかったことがわかるということも多々あります。その苦労や、視点の新鮮さが楽しくて、出演料が出もしないのに、稽古から多くの時間を割いて大勢の能楽師が出演するのですね。

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