松楪

月末の名古屋能楽堂での《やるまい会》。ありがたいことに早くから完売キャンセル待ちだとか。おいでになれなかった方には申し訳ありませんが。
よろしかったら、番組は異なりますが秋の東京公演においでください。そしてチケットお申し込みは私まで。

今度の名古屋公演は稀曲珍曲ぞろい。私は『松楪』という曲を又三郎氏と勤めます。どちらかというと珍曲でしょうか。年貢を納め、歌を求められて詠み、難題を出されて解決し、舞いおさめる。いずれも「めでたく」しおおせるというものです。

じつは先日、他人の不幸について考え込み、気分が鬱々とした日が続くことがあり、そのなかで「人はアカの他人の不幸にもそれなりに共感できるけれど、アカの他人の幸福にはほとんど共感できないのではないか」などと考えていました。

ですが、そんなことを言っていては『松楪』のような曲は成り立ちません。それでも共感してもらわなければならないのです。
それには、物語の設定を理屈で追って、登場人物の幸福の事例について観客に共感…なんてことではなく、登場人物のめでたい気分を分かち合えたらよいのでしょう。極端な例ですが、しばらく前まで正月のテレビに欠かせなかった、海老一染之助染太郎兄弟のように。

年貢を納める設定の狂言はいくつかありますが、『佐渡狐』を除いてはほとんどがあまり上演されない曲といってもよいと思います。理由を有り体に言うと、「あまり面白くないから」。ではどうしてそんな話がいくつもあるのですか。年貢を納めるめでたさが現代では理解しにくくなっているから?
いやいや、私が思うには、海老一兄弟のようなパワーが狂言にも昔はあったのに、無くなってしまったからだと思います。
あのように賑やかにやるわけにもいきませんが、屈託なく明るく演じられたらいいなと考えています。



wikipediaの件

wikipedia、狂言について、和泉流について、野村又三郎家について、どなたかがお書きくださっていることに感謝したします。

さてその内容ついて、じつは少し気になることもあるのですが、私がwikipediaの手直しをするのは面倒でもあり、かといって黙っているのもなんですので、ここでちょっと書きたいと思います。お書きくださった方、ごめんなさい。文句ではなくて、私と相談しているという程度のつもりでお読みいただければ嬉しいです。
和泉流野村又三郎家の説明について
引用
「明治維新後に名古屋、東京と移住を重ねた。十一世野村又三郎信英が不慮の戦死を遂げるなどしたために、派としてはやや少人数である(十二世の野村又三郎信廣は2007年に死去し、現在は野村又三郎信行が2011年に十四世を襲名した)。」
とあります。
さてまず明治維新後ですが、大阪、東京と移住を重ねています。
次に信英が不慮の戦死を遂げるとありますが、これはどうでしょうか。兵隊が戦地で亡くなったように読めますが、時期は戦時中ながら、非戦地で亡くなった民間人です(死因までは伺っていませんが)。ですから、「…などしたために…少人数」というのも、ちょっと?です。
その次は重箱の隅をつつくようで申し訳ありません。「(十二世の…襲名した)」は、どなたか書き足されたのだろうと思いますが、()に入れなくてよいのではないでしょうか。
最後に、又三郎家のことだけではありませんが、芸風については私としてはほとんどどれもちょっと?です。お書きになったかたの主観になってしまいますので。特に式楽というものについてのイメージは、ひとそれぞれでしょうから。たとえばインタビューや本で役者本人が心がけている主義主張を紹介するのが良いのではないかと思いますがいかがでしょう。

クジラのヒゲ

IMG_20130808_091421.jpg
これ、なんだかわかりますか。クジラのヒゲです。ヒゲとは言っても、ヒゲクジラのヒゲは歯の代わりで、餌を濾しとるものです。たしかミンククジラのものだとききました。それをいま、ノコギリで細く切っています。

じつは狂言装束にはクジラのヒゲを使います。太郎冠者や主人の着ているベスト「肩衣」の、肩の先を立たせる芯にするのです。

尤もご存じの通り、捕鯨は制限されていますので、いまは竹などが入っているようです。
でもちょっと昔の肩衣にはクジラのヒゲが入っていて、外からは見えないのですが違いがわかります。ヒゲのほうが断然しなやかなのです。

IMG_20130808_092758.jpg
こんなに曲げても、くにゃーんとして、ふよーんと戻ります。実際に肩衣に入っているものはもう少し薄くしてあるので、もっと曲げられます。
竹の芯はもっと硬いので、肩衣の角のところをよく突き抜けて出てきてしまうのですが、多分ヒゲだとそうなりにくいし、太郎冠者が舞台で転がったりしても折れにくいと思います。

とは言ったものの、現代にこれのために捕鯨を推進せよというほどの問題ではありません。(個人的には制限つき捕鯨には反対しません。)

ところが、捕鯨推進を訴えるひとのなかには、日本の伝統文化にはクジラのヒゲを使うものも多い。反捕鯨は伝統文化破壊だ。というひともいるのだそうです。
たしかにからくり人形のゼンマイや、文楽人形の頭の仕掛けにも使うそうで、そちらの方の必要度は私にはわかりません。

そんなところから、反捕鯨活動をしているかたから、「もとはセミクジラを使った物だろうが、調査捕鯨をしているミンククジラのヒゲでも使えるものかどうか試してほしい。」と、一枚もらったのです。使えれば、少なくとも調査捕鯨以上に捕らなくて済むだろと言えるというわけ。

答えは、つかえます。十分に。

ただ、こう切ってもものすごく潮クサイし、以前、鉋で成形したら刃が錆びて困りました。効率的に加工ができれば、能楽界の全ての肩衣をミンククジラのヒゲで賄っても、たいした量はいらないとおもいます。
でも先に書いたとおり、竹でもたいした不満は出ていません。

せっかくあるので、今度の虫干しに持っていって、少し差し替えてもらおうかとおもいます。



しば漬

 先日京都へ行ったときに、家に土産を買いました。いつもこういう旅行は観光ではないですし、荷物が増えるのがいやなので、たいしたものは買わないのです。たいていは食材です。

 梅雨明けごろの暑さには辟易でしたので、京都駅の土産売り場でも、漬物の前から離れられませんでした。もう漬物しかない。刻んで茶漬けにしたら旨かろうということで頭がいっぱい。
 そこに「本しば漬」というものがありました。
 そもそも私、漬物はあくまでも本来の漬け方で、ちゃんと醗酵させたものじゃないと納得しないのですが、本しば漬は昔ながらの製法で醗酵させたものだと書いてあります。材料は、茄子と紫蘇と塩だけだと。
 しば漬けって紫に着色したきゅうりのキューちゃんみたいなものだと思っていたのに、本当は茄子と紫蘇と塩だけなんだそうです。知りませんでしたね。
 というわけで買いました。まだ冷蔵庫に先客の漬物があるので、しば漬けの出番はまだ少し先ですが、とても楽しみです。
 ネットで漬け方を見つけましたので、リンクを張ります。いまちょうど茄子も紫蘇も出ていますので、漬けどきです。
 ところで「しば漬」って、よく「柴漬」と書きますよね。でもじつは「柴漬」って、「ふしづけ」と読む、昔の死刑の方法の一つなのですよ。柴で巻いて水に沈めるんです。能の「阿漕」で、禁漁区でたびたび漁をしていた男が柴漬の刑にされるのです。
 「しば漬け」は「柴」ではなくて「紫葉」がほんとうのようです。お間違いなきよう。私は間違えていました。